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概要

      我々の脳は、数千億個に及ぶニューロンとそれを取り囲むグリア細胞から構成されています。学習・記憶などの高次脳機能にはこれらの細胞の緊密なコミュニケーションが必須であります。ニューロンは互いに複雑な神経回路を形成し、各種の情報処理を効率よく行っています。脳神経系がその機能を発揮するためには、ニューロンの周囲に存在するグリア細胞も重要な役割を荷なっています。私達の研究室では、脳がどの様にして形成され、どの様に働くかをDNA-RNA-蛋白質—細胞内小器官—細胞−組織−臓器−個体の各レベルから研究を進めています。特に行動異常を起こすミュータントマウスと正常マウスを比較解析していますが、行動異常を起こすミュータントで欠落していたP400タンパク質がイノシトール3リン酸受容体(IP3レセプター)であることを発見したことからIP3レセプター/カルシウムシグナルの研究へ入っていきました。当チームでIP3レセプターの全構造を決定し、小胞体にあるCa2+チャネルであることを証明しました。そこで現在はIP3レセプターを中心に細胞内カルシウム動態と高次脳機能(記憶、情動、協調運動性など)や様々な脳疾患(精神疾患を含む)との関係を分子レベルで解明を行なっています。これまでの研究で、IP3レセプターによって産生されるCa2+波やCa2+振動の時空間的な特性IP3レセプター自身がカルシウムチャネル機能に加えてsignaling hub(シグナル拠点)として、20以上もの分子が相互作用するプラットフォームを提供する事により、膵液・唾液分泌、受精、背腹軸決定など様々な生理現象に必須であることを明らかにしてきました。そこで、我々はIP3レセプター分子のチャネルの開閉メカニズムの解明、細胞内IP3動態およびCa2+動態の同時イメージング、Ca2+波やCa2+振動の発生源となる局所的Ca2+放出(Ca2+ puff)の機構解析などに力を注ぐことによりCa2+動態の時空間的制御メカニズムの解明を行っています。また、世界最高の検出感度をもつカルシウムイオンセンサー “カメレオン-Nano”の開発に成功しました。これを用いて2光子顕微鏡でのin vivo イメージングにも成功しています。最近、我々はIP3レセプターの偽リガンドであるIRBIT を発見しました。IRBITはそのN-末端部分にmultiple Ser region を有する分子で、IP3レセプターのIP3 結合領域にIP3 と競合的に結合し、IP3レセプターのIP3感受性を調節しうることを見出しました。しかもIP3レセプターがIP3と結合することにより放出され、これが三次メッセンジャーとして働き、Na+HCO3-コトランスポーター1を活性化することをみつけ、酸・塩基平衡を制御する事を見いだしました。近年病気との関連ではIP3レセプタータイプ1型の変異がヒトの運動失調症で発見されました。また脳障害と小胞体のストレスとの関連もNa+HCO3-レセプターを介していることを明らかにしています。Na+HCO3-コトランスポーター1の変異はヒトでよく知られており、酸塩基平衡障害を起こすため、知能発達障害、緑内障、白内障、低体重などの障害を起こします。IP3レセプター1型に特異的に結合する酸化・還元に関わるERP44を見つけました。これは細胞の酸化・還元に関与して過剰発現させるとニューロンのアポトーシスを阻害します。また、GRP78という分子シャペロンは小胞体ストレスに対してIP3レセプター1型と結合して神経細胞死から防御していることを明らかにしました。神経回路網形成は脳機能と直結する意味で重要です。私達は「マクロピノサイトーシス」という細胞膜回収機構が神経回路形成に重要な神経突起退縮の機構に関与することを証明しました。IP3レセプター2型はアストロサイトの機能に必須で、学習に直結することを明らかにし、IP3レセプター3型は味覚、毛の発生、破骨細胞の形成、鼻粘膜の維持に重要であることをノックアウトマウスの解析から明らかにしています。以上のように当研究室では研究手法としては分子生物学的、生化学的解析手法はもとより、構造生物学、蛍光顕微鏡による細胞イメージング、共焦点顕微鏡による解析や多光子顕微鏡を用いた解析、量子ドットを用いた1分子イメージング、パッチクランプや人工脂質二重膜を用いたチャネル活性の解析や電気生理学などの生物物理学的手法やin vivo イメージングなど多岐にわたる手法を用いて脳の高次機能発現のメカニズムの解析を行っています。

目的

  細胞は外界からの刺激に対応して細胞内のCa2+の時間的、空間的変化を起こさせる。このCa2+の変化は波として細胞内の様々な生理作用をおこす。多様な細胞で、刺激に応じて複雑な機能を起こすメカニズムにどの様にCa2+が関わっているかを明らかにする。特にCa2+放出に関わるIP3受容体の機能を明らかにするとともに、IP3受容体が脳の発達及び脳機能発現にどのように関わっているかを明らかにする。特に神経の可塑性にどのような分子機構で関与しているかを明らかにするとともに、その障害がどのようにして起きるかを明らかにしながら、IP3受容体がひきおこす多様な生理機能のメカニズムを解明する。

背景

  IP3が細胞内のCa2+放出のためのセカンドメッセンジャーであることはよく知られている。1983年にIP3が細胞内の袋からCa2+を出すことが報告されたが、その機構は全く不明であり、全世界中でIP3の標的分子を追い求めていた。御子柴チームリーダーは行動異常をおこす突然変異マウスを解析して欠落する膜蛋白質(P400)がIP3受容体であることを発見し、分子量約31万の巨大膜蛋白質の全構造を世界ではじめて決定し(Nature 1989)、3種のアイソフォーム全構造も決定した(Cell 1993, Receptors & Channels 1994)。当時、IP3受容体はCa2+チャネルとは別分子と考えられていたが、精製して人工脂質二重膜へ組み込み、チャネルであることを発見した (Nature 1989)(J.Biol.Chem. 1991)。IP3受容体を阻害するとCa2+振動と受精が停止することから、IP3受容体がCa2+振動の発振装置であることを初めて証明した(Science 1992)。受精後4細胞期の背側と腹側の決定(Science 1997, Nature 2002a)や、神経の突起伸展に関わることを(Science 1998)示した。遺伝子欠損マウスを作製して発育障害や、成体では癲癇発作や小脳失調を示すこと(Nature 1996)、学習・行動やシナプス可塑性に異常がおきること(Nature 2000)、レドックス(酸化・還元)制御(Cell 2005)や外分泌機能にも関わることを証明した(Science2005)。

現在ラボで進行中の研究内容

1) 蛍光共鳴エネルギー転移法と近接場光及び量子ドットによる1分子イメージングによる機能分子のリアルタイムでの時空間的解析 Ca2+変動に伴う多くの機能タンパク質の発現、修飾、局在化の変化の解析を通して、組織あるいは個体の形態形成とを関連づけながら、Ca2+変動のもつ意義や特異性を明らかにする。細胞表面膜のCa2+チャネルやNa, K-ATPaseはIP3受容体と直接カップルして細胞内Ca2+制御に関わっているという我々の発見(Science 2000, PNAS. 1999, J.Biol.Chem.2007)に基づいて各種細胞内情報機能分子の相互作用の解析を蛍光共鳴エネルギー転移法や近接場光、及び量子ドットを用いた一分子イメージングにより解析しながら神経可塑性変化や脳の発達時、及び障害に伴ってIP3受容体を中心とした機能分子のダイナミックな動態を明らかにしてゆく。Na, K-ATPaseの他IP3受容体はハンチントン病に関わるHTTやアポトーシスと関係あるcytochrome-Cを始めとして、多くのタンパク質を結合するスキャフォールドタンパク質様の機能を有している。これら分子とIP3受容体の機能との対応をリアルタイムに解析する。発生過程やニューロンの突起伸長、細胞極性決定時の細胞内動態を解析する。

2) スパインの中のシナプス機能の強化に関わるIP3受容体と細胞内Ca2+動態の解析IP3受容体はスパインの中の小胞体に存在しており、神経可塑性に大きな役割を果たしている。IP3受容体は、樹状突起内を顆粒状小胞体にのりモーター分子により、ダイナミックに動いていることを既に報告した(J. Cell Sci. 2004)。しかし,樹状突起分岐部に一時的にたまるなど、動きは一様でない。一方IP3受容体のmRNAもmRNA顆粒(タンパク質合成工場としての役割を持つ)にのり動いている(J.Biol.Chem. 2004)。そこでシナプスを形成するスパイン内でのIP3受容体の動態やスパインのどこでmRNAよりIP3受容体が翻訳されるか否か、そのメカニズムの解明をCa2+動態との比較の上で解明する。

3) 小脳のLTD(長期抑圧)、海馬のLTP(長期増強)時の活動依存的な機能分子、骨格タンパク質の時空間的動態の解析 我々が作製したIP3受容体欠損マウス(Nature 1996)(Science 2005)を用いて、IP3受容体からのCa2+放出がLTPやLTDに関わっていることを明らかにしているので(J.Neurosci. 1998、 Nature 2000)、LTP、LTD時にGFP等で蛍光ラベルしたIP3受容体と各種機能分子、骨格タンパクのダイナミズムをリアルタイムで調べる。又、更に樹状突起局所でのCa2+イメージングや電気生理学的解析をすすめる。

4) 神経興奮に関わる細胞内分子動態の解析 光感受性イオンチャネルであるチャネルロドプシン2を発現させた神経細胞に光刺激を与え、特定の神経細胞の局所での電気的興奮性を任意のタイミングで制御することで、ケージド化合物により細胞内IP3動態、Ca2+動態、その他の情報機能分子の動態をリアル・タイムで観察する。

5) IP3の受容体から放出されるアービット分子を介する新規なシグナル経路の解析IP3→IP3受容体→Ca2+放出の他にIP3→IP3受容体→アービット(新規に発見し命名した分子)放出の新規な経路を見出した(Molecular Cell 2006)(Science STKEに1頁に渡り紹介された)。更にアービットは膵臓タイプのナトリウム・重炭酸イオン共輸送体I(pNBC1)と結合し、活性化することを明らかにした(PNAS 2006)(Science STKEで紹介された)。特にグリア細胞を中心にして、細胞内pHを調節している。既に、pNBC1の変異により神経障害を起こす事は知られているので、その障害発症機構を分子レベルで明らかにする。

6) 細胞内のカルシウムシグナリングの役割—病気と生理機能の対応づけ

a.) IP3受容体の外分泌機能とその障害の解析 ニューロンに特異的なタイプ1欠損マウスは生後20日で死亡する(Nature 1996)。タイプ2、3各々の欠損マウスは症状がない。しかしIP3受容体のタイプ2と3型のダブルノックアウトマウスは、特に分泌機能が極端に低下しているという驚くべきデータを得た(Science 2005)。これはシェーグレン症候群の乾いた口、乾いた目の症状である。この欠損マウスは、IP3受容体を介するCa2+振動は欠失しておりいずれも外分泌機能がないので、その障害機構の分子メカニズムを明らかにする。

b.) てんかん発症の分子機構の研究IP3受容体ノックアウトマウスはてんかん発作を起こすが、ベンゾジアゼピン投与により抑制される事から、てんかん発症にGABAA受容体が関与していると考えられた。量子ドットを用いた1分子イメージング法により、内在性のGABAA受容体の動態を調べ、IP3受容体との関連を明らかにする。

c.) レドックス(酸化・還元)制御とIP3受容体 レドックス制御の破綻が多くの疾病の原因となっている。近年、我々は小胞体内のレドックスセンサーERp44を発見した(Cell 2005)。(Cell誌、Scienceなどで紹介された)。カルシウムとレドックスがリンクしたことになる。ERp44の過剰発現により、アポトーシスが抑制されており、脳発達と障害との対応づけを検討する。

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©2007 発生神経生物研究チーム(理研BSI)
最終更新: 2015 119